【割れ窓理論】というものをご存知でしょうか?わずかな環境の要素が周辺の治安や犯罪率に大きな影響を与えると言われている環境犯罪学の理論です。
これは「一枚の割れた窓ガラスを放置していると、その周辺の犯罪率が増す」というもの。窓が割れているのは意図的に割られたものとは限らないので、これ自体は犯罪と限りません。しかし小さな問題が放置されているという状態は「ここなら問題を起こしても咎め(とがめ)られない」「ここは問題があるのが通常の環境だ」という無意識的な印象を与えてしまい、不適切な行動をする人が増える事態を引き起こします。
『ブロークンウインドウズ現象』が引き起こす問題
犯罪率が上がることが最大の問題ですが、それだけとは言えない影響があります。
学校であれば問題行動を助長することも危惧されますが、そうでなくとも学力に良い影響を与えることはないでしょう。二宮金次郎のような後世に名を残す偉人であれば、環境が悪くとも懸命に学ぶことは間違いありませんが、多くの人は窓の割れた教室とそうでない教室で、どちらが勉強をしようという気持ちになれるかは明らかではないでしょうか。
仕事でも同様で、社員の意識や作業効率に影響を与え、業績に悪影響を及ぼす可能性が高いと言えます。家庭の場合は無意識下でストレスを積み重なっていったり、それが原因で勉強や仕事、家族関係の悪化などにつながる可能性もあります。
しかし職場や学校で窓が割れたまま放置されている環境はそう多くはありません。それでも『ブロークンウインドウズ現象』は日常に潜んでいて、あなたのすぐそばにあるかもしれません。「窓が割れていないのに?」と疑問に感じるでしょうか。次のようなケースが考えられるのです。
『ブロークンウインドウズ現象』を引き起こす要因として考えられる要素
『ブロークンウインドウズ現象』を引き起こすのは、名称にある「窓が割れている」だけではありません。他にある様々な要因について見ていきましょう。
- 壁などにラクガキがある
- ゴミ捨て場が荒らされている
- ポイ捨てされたゴミがある
- 犯罪行為への注意書きがある
- ダイレクトメールやチラシが郵便受けの上や床に積まれている
- 歩きタバコや喫煙場所以外で吸う姿を見ることが多い
壁などにラクガキがある
壁や車、シャッターにラクガキがある場合は周囲の治安が悪化する可能性があります。
それらが他人の所有物であればなおさらですが、ラクガキした本人のものであったとしても「影響を受ける相手」の意識下では正しく認識されるとは限りません。「ここにはラクガキがあっても対処されない」「落書きをしても罰を受けない」と認識されればさらなるラクガキや、その他の不適切行為に発展する可能性があります。
このタイプで厄介なのは、最初に行う人間が一人でありラクガキを都度消したとしても、同じ人間が何度も同じ場所に繰り返す可能性が高いこと。こうした罪の意識の薄い犯罪行為を徹底して対処(ラクガキを消すことだけでなく、犯人へ警告や厳罰を課すことを含む)・抑止することで犯罪率を低下させることが割れ窓理論の存在意義でもあります。
ゴミ捨て場が荒らされている
人間が荒らしたとは限らず、カラスや野良の動物が犯人である可能性もあります。実際に、カラスが最も多いケースでしょう。
「しっかりと管理された環境ではない」というこの荒れた状態は、割れ窓やラクガキほどではないものの悪影響が考えられます。しかしありふれた状況であるため、ある意味では影響の大きい状態とも言えます。
ポイ捨てされたゴミがある
こちらはゴミ捨て場より悪質なケース。ゴミ捨て場はまだ「ゴミがある場所」であり、「犯人はカラス」と多くの人が認識する場所ですが、道端のゴミは本来そこにあるべきものではありません。また厳密に言えばポイ捨て自体が「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の第四章第十六条にに反する違法行為です。さらに地方自治体による条例でも定められている場合もあります。
第四章 雑則
昭和四十五年法律第百三十七号
(投棄禁止)
第十六条 何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律(e-eov法令検索)
「マナー(厳密には犯罪)が日常的に行われている場所」は当然ながら治安が悪化します。ポイ捨てをする人間を減らすのはむずかしいことですが、清掃の徹底は効果があります。
犯罪行為への注意書きがある
「ひったくり被害あり」「自転車盗難に注意」「痴漢出没中!」といった表示は一長一短で、被害者となる可能性がある側に注意喚起ができる一方で「この周辺では犯罪行為が行われているが、警告にもかかわらずまだ解決されていない」という印象も与えてしまい、軽犯罪を助長する危険性も孕んで(はらんで)います。
ダイレクトメールやチラシが郵便受けの上や床に積まれている
集合住宅などで投函されたチラシなどが郵便受けや床に散乱していると「この建物はしっかりと管理されていない」という印象や「住んでいる人はズボラなところがあり、危機管理も甘そうだ」ということが伝わり、泥棒の侵入リストに候補として挙げられる可能性もあります。そうでなくても、汚いところが治安に悪影響を与えるのはここまで記載した通りです。また、郵便受けの上や床に散らかっている以外にも、郵便物が回収されずに郵便受けに溜まっていると「この部屋は長く留守にしているのかもしれない」と目をつけられる危険もあります。
歩きタバコや喫煙場所以外で吸う姿を見ることが多い
歩きタバコは現状(執筆時点2021年1月8日)法律ではなく、地方自治体によって条例違反として定められているところがあります。しかし昔年から積み重ねられてきた喫煙者のマナー違反や、近年の啓蒙にも関わらず非喫煙者が受動喫煙を受ける場面は少なくありません。
歩きタバコをする人は同時に吸い殻をポイ捨てをする事も多いため、治安悪化の一因となる可能性があります。
考えられる対策
『ポイ捨てするな』では効果のなかった公園で…
ゴミが散らかっていたとある公園で『ポイ捨てするな』という看板を立てたものの、ゴミのポイ捨てはほとんど減りませんでした。しかしこの看板を『綺麗な公園にしましょう』に書き換えたところ、ポイ捨てが劇的に減ったという話があります。これはキャッチコピーの世界などでも使用される人の心理をうまく突いたものです。
『〜するな』は『〜する』よりも認識が難しいと言われています。『〜するの反対』と考えなくてはいけないため、わずかに思える無意識の差は想像以上に大きな影響を与えます。『ご飯のことを考えないでください』と言われるとむしろ考えてしまったり、『走らないで』と子供に言うとむしろ走ってしまうのもこの認識によるものです。注意書きでは『廊下(ろうか)は走るな』ではなく『廊下は静かに歩きましょう』の方がより良いと言えます。もちろん100%の人が従うわけではないものの、否定系と比べて効果が期待できます。
守って欲しいことは『〜しないで』ではなく『〜しましょう』と書く・言うのがおすすめです。
『汚さないで』よりも効果的な注意書きは…
お店のトイレで『いつも綺麗に使っていただきありがとうございます』という張り紙を見たことはありませんか?あれは『汚さないでください』よりもお客さんが綺麗に使ってくれる効果があるため、よく使われているコピーです。
日本人は特に『みんなやってますよ』と言われることが心理的に大きな影響を受けやすいらしく、『エスニックジョーク』という国民性を表すジョークの中にある沈没船ジョーク(タイタニックジョーク)でもネタにされています。沈没船ジョークとは下記のものです。
沈没しかけた船に乗り合わせる様々な国の人たちに、海に飛び込むよう船長が説得を行う。
出典:wikipedia『エスニックジョーク』
アメリカ人に 「飛び込めばあなたはヒーローになれます。」
イギリス人に 「飛び込めばあなたはジェントルマン(紳士)になれます。」
ドイツ人に 「飛び込むのはルールです。」
イタリア人に 「飛び込めばあなたは女性に愛されます。」または「先程物凄い美人が飛び込みました。」
フランス人に 「飛び込まないでください。」
ロシア人に 「海にウォッカのビンが流れています。」
日本人に 「皆さん飛び込んでます。」
出典の出典:大谷恵「タイタニックに学ぶ、相手の心のくすぐりかた」『「選ばれる人」はなぜ口が堅いのか?: 言葉を選ぶ技術、言い換えるテクニック』プレジデント社、2017年。ISBN 978-4833422260。
現代では他国の文化にも触れられる機会が増え、日本の国民性は今までよりも大きく変化していくことは予想されますが、平成以前の日本人の特徴としてこのジョークは間違っていないのではないでしょうか。
『いつも綺麗に使っていただきありがとうございます』というコピーは「みんなが綺麗に使っている」ということを表していて、さらにまだしていない行為に対してお礼を言われていることで「お礼に応えなくては」という心理も重なり店側の要望を受け入れやすくなります。
して欲しいことは『〜しないで』ではなく『〜しましょう』がおすすめと先ほど書きましたが、今回の例も相手一人への要求ではなく「私や皆もしています」という、お願いや命令ではない相手と同じ立場に立った目線のために効果があるのです。
子供に信号を守らせたい場合は「自分も信号を守るから、あなたも守ろうね」とお手本を見せるのも効果的です。
可能であれば実行したいこと
時間や体力と精神面次第ですが、近所の清掃を徹底するのは効果があります。「部屋の乱れは心の乱れ」なんて言葉もありますが、それは屋外にも当てはまるのです。すでに汚いところを汚したりするよりも、綺麗なところを汚すことの方が人には抵抗が生まれます。
とはいえ、こちらの方法を自分一人で取り組んでいると「なんで自分だけ」と感じたり、期待したほど効果がなかった時に大きなストレスを感じる可能性があるため、知識として持っておく程度でもかまいません。
『ブロークンウインドウズ現象』まとめ
- 『〜するな』ではなく『〜しましょう』と伝える
- まずは自分からルールを守る
- 可能であれば綺麗な状態を保つ
汚さや小さなルール違反を見過ごしていると、知らず知らずに大きな影響があるものです。引っ越し前などには部屋・家の中だけではなく、近所のゴミ捨て場やポイ捨てゴミ、歩きタバコの多さもチェックできると住み始めた後に嫌な思いをする可能性が減らせるかもしれません。
それらを減らすためには、まずは自分がルールやマナーを守り必要ならば肯定的な言葉で伝え、可能であれば綺麗な状態を保ちましょう。