当サイトは、ポルノ規制、特に二次元(絵)ポルノの規制に関しては強く反対する。
今回は、二次元(絵)、3次元(写真、動画など)を問わない内容だ。
ポルノ規制の根拠不十分
まず、強く主張したい。
ポルノ規制したい人間がこれほどいるのに、なぜいまだにこの程度しかエビデンス(根拠)が少ないのか。
私はポルノが著しく犯罪率を高めるというエビデンス(根拠)があるのならば、規制を否定しない。しかし、実際はそれがない。これほどまでに規制したい人間が多数いるのに、だ。
少なくとも現時点で、表現の自由という基本的人権の否定するだけの理由がない。それでいて、デメリットは多数ある。
順序の誤認
ポルノ規制の考えとして、「ポルノを見ることで性欲を刺激され、犯罪が増える」というものがあるようだ。
これは、かなりひどい誤りだ。
「ポルノを見たい」と思った時点で、すでに性欲が高まっている。ポルノを見たからではない。先に性欲が高まっているため、ポルノを見たいのだ。
ポルノを見たことで刺激される場合があることも確かだが、いずれにせよ、ポルノを見たくなった人はポルノを見る。
性欲が高まることは、この世にポルノがなくても当然のようにあることなのだ。人間はポルノが存在しなかった時代から性欲を抱えている。だから子孫である私たちがいる。
なぜポルノを見るのか?
その目的は、性欲の発散だ。
男性の場合で言えば、性欲は射精をすることでかなり大きく発散される。ポルノを見るのは、多くの場合、射精するためだ。
つまり、性欲は特にきっかけがなくとも高まることがあり、ポルノを見ることで解消される。先に性欲があるのだ。そしてポルノで解決する。
実験に対する強い疑問
『ポルノを見たあとにとったアンケートで、加害性が高まった』という実験結果があるそうだ。
ここで、重要な疑問。
- ポルノ規制したい人間がこれほどいるのに、なぜいまだにこの程度しかエビデンス(根拠)が少ないのか。
- ポルノを見たあとに射精したのか?
していないなら、性欲を刺激するだけ刺激して、解消しなかったことになる。
多くの場合、ポルノを見る理由は射精するためだ。
(女性の場合はBL(Boy’s Love 男性同士の性的フィクション)を見てもマスターベーションをしない例が多いようだが、ポルノ規制や加害性の問題で槍玉に挙げられるのは男性ばかりのため割愛) - 加害性が高まるのは何時間の間?一生?
極めて短時間なら、ポルノを見た直後に性欲対象になる相手と会う可能性はそれほど高いのか? - 個人差は?
母数(実験を受けた人数)と割合(そのうちの何%)か?
母数が少ないなら、それはエビデンス(根拠)として不十分。
割合が低いなら、やはりエビデンスとして不十分だ。 - その研究をした者や、研究指示を出した人間は規制派か?
これまで多くの実験において、研究者が恣意的(しいてき)にデータを改ざんした例はあまりにも多い。
看守役が囚人役に乱暴になるという有名な実験結果も、結果ありきで意図的に行われたものだと判明している。
ポルノは性犯罪率を低下させている
繰り返すが、ポルノを規制したい理由の一つは、ポルノが性犯罪を誘発するからという主張だ。
これ以外の主張も多いが、ひとまずこれを扱う。
しかし、現実はこれを否定している。
- 海外ではポルノ解禁後、性犯罪率が上がると危惧されたが、性犯罪率は大幅に低下した。
- ポルノ規制後、性犯罪が増えて規制が緩和された。
当たり前である
同意する人にしか刺さらない例え話
例え話は規制派には絶対に響かないことを承知の上で、規制反対派向けに例えるが、
空腹(性欲)が無くならないのに店から美味しい食料品(ポルノ)を無くしたらどうなる?
食料を持っている人から盗む(性犯罪に及ぶ)。
「食事はしないと死ぬけど性欲は満たさなくても死なないだろ」という反論は多いが、では、なぜ私たちは健康に悪い美味しいものを食べてしまうのだろうか?
美味しくない最低限の食事をすれば死なない。
なのに、私たちの多くは揚げ物やお菓子を食べる。肉より魚のほうが健康に良いのに、肉が売れる。
まずい食事でも死なないが、美味しい食事は楽しい。気持ちがいい。
美味しいものが食べたいのは、性欲を満たして気持ちよくなりたいことに似ている。
まずいものでも死なないのにそれで耐えるのは、禁欲に似ている。
それでも平気な人や、食事自体が嫌いな人がいることも、性と同じだ。
ポルノを規制するとどうなるか?
性欲の向かう先
先述した通り、性欲はポルノを見たから高まるは限らない。
性欲はこの世にポルノがなくても高まる。
その時に解消手段は、性行為か自慰(じい。マスターベーション。オナニー)になる。この時に便利なのがポルノだ。
ポルノがなければ自慰できない、自慰という発想がないという人もいるだろう。
では、ポルノがこの世にない時に性欲はどこへ向かうか?
現実の人間である。
特に、二次元規制が危険な理由
二次元好きというのは、そうでない人には理解がむずかしいようだ。
理解できない、気持ち悪い、幼稚、といった声がよく聞かれる。
人間にとって理解できないものは恐怖であり、嫌悪の対象だ。これは生き延びるための本能だろう。ただし、感情論でしかない。
二次元ポルノが好きな人は、二次元ポルノを好んで見る。
ここで重要なのは、執筆時点の現代では三次元ポルノがいくらでもある点だ。
合法な人間のポルノがたくさんあるのに、わざわざ絵を見ているのである。
その人間から二次元ポルノを奪えばどうなるか?
三次元・実在の人間に性欲を向けるしか無くなるのである。
よく、SNSで叫ぶタイプの規制派がこの段階で「最悪!やっぱりポルノ好きは危険!」と感情的になることがある。
仮に危険だとしよう。では、安全弁であるポルノを無くすべきではない。ポルノが無くなれば危険な存在になるのだから、無くすべきではない。ここで「やはり危険だから規制!」は矛盾している。
このタイプは危険を無くすのが目的ではない。
感情的に、自分の嫌いなポルノやポルノ好きを害したいだけだ。
わざわざ、男性作者 あるいは自らその世界に身を投じる女性作者や女性声優と、(主に)男性読者だけで完結する二次元の世界。ここに犠牲者は誰ひとりいない。
わざわざこの安全な世界を破壊し、現実の人間へ性欲の目を向ける人間を増やすことに何のメリットが有るのだろう?
まして、「絵が好きとか気持ち悪い!幼稚!」と言っている人にとって、二次元好きの性欲が現実の人間(自分たち)に向くことは、想像をするのもおぞましい最悪なことであるはずだ。
Win-WinどころかLose-Lose。
ゆかいで愚かな話がある。
A「犯罪を犯すのはどんな人だと思う?」
B「気持ち悪いオタクとか」
A「刑務所にはどんな人が多いと思う?」
B「ガラの悪い怖い人達」
この矛盾やダブルスタンダードな考えを持つ人間は、意外なほど多い。理屈ではなく、感情でしか考えていないのだ。
実在の人間と絵で絵を選ぶ人間と、実在の人間にしか性欲を向けない人間。
三次元好きと二次元好きへの印象の逆転現象
実在の人間を襲う可能性が高いのはどちらだろうか?
先述の通り、「二次元好きだが三次元も見る」という人はいる。
しかし、性欲を向ける先が三次元100%と、二次元80%三次元20%の人間なら、現実の人間を狙う可能性が高いのはどちらだろうか?
活発な人間や女好きや国籍の違う人間が多数の性犯罪を起こそうと、それはあまりショッキングに報道されない。
一方で、キモオタが性犯罪者になると、ショッキングに大々的に報道される。昭和から続くオールドメディアの手口だ。
結果、「理解できない幼稚な気持ちの悪い人間は危険だ」というレッテルが貼られる。要は、ただのいじめなのだ。
まとめ
- ポルノを規制する根拠はない
- ポルノ規制は性犯罪率を高める(逆効果)
- 二次元ポルノを無くせば、三次元ポルノ需要が高まる
- 三次元ポルノも消えれば、性欲は現実の人間に向かう
- 二次元ポルノに犠牲者はいない
ちなみに、米英では二次元ポルノはかなり規制されている。というか、違法だ。
「幼く見えるキャラクターは禁止」ということだが、アジア系のアニメ絵柄どころか実在のアジア人すら、英語圏では幼く見える。成人キャラですら危うい。
スマホにソシャゲキャラが表示されていただけで逮捕された男性の話などもある。
米英ではもはや、現実の人間と二次元を同列に扱っているのだ。
画像生成AIにおいても、同じテーマでリアル系(三次元)は出力できても二次元は駄目、ということが多々ある。
二次元は犠牲者がいない。
三次元は意図せずともディープフェイクになってしまう恐れがあるのに、だ。
性犯罪を減らしたいなら、ポルノを規制すべきではない。
私は性犯罪がゼロになってほしいと願っている。
規制派は、果たして性犯罪を減らす気があるのだろうか?